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京都地方裁判所 平成7年(ワ)1377号 判決

第一本訴事件原告・同反訴事件被告(以下「原告仁科」という。)

仁科勝

第二本訴事件原告・同反訴事件被告(以下「原告早川」という。)

早川浩司

第三本訴事件原告・同反訴事件被告(以下「原告應武」という。)

應武均

第四本訴事件原告・同反訴事件被告(以下「原告清水」という。)

清水博之

右原告ら訴訟代理人弁護士

近藤忠孝

第一本訴事件被告、同反訴事件原告、第二本訴事件被告、

同反訴事件原告、第三本訴事件被告、同反訴事件原告、

第四本訴事件被告、同反訴事件原告(以下「被告会社」という。)

近畿土地株式会社

右代表者代表取締役

小森新次郎

右訴訟代理人弁護士

中村利雄

主文

一  原告清水と被告会社との間における別紙物件目録四記載の建物についての賃貸借契約に基づく賃料が平成七年三月一日以降月額八万二五〇〇円であることを確認する。

二  原告清水のその余の請求、原告仁科、原告早川、原告應武の各本訴請求、被告会社の各反訴請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その三を被告会社の負担とし、その余を原告仁科、原告早川、原告應武、原告清水の負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  第一本訴事件

原告仁科と被告会社との間における別紙物件目録一記載の建物(以下「第一建物」という。)についての賃貸借契約に基づく賃料が平成六年六月一日以降月額七万三〇〇〇円であることを確認する。

二  第一反訴事件

原告仁科と被告会社との間における第一建物の賃貸借契約に基づく賃料が平成六年六月一日以降月額八万七五〇〇円であることを確認する。

三  第二本訴事件

原告早川と被告会社との間における別紙物件目録二記載の建物(以下「第二建物」という。)の賃貸借契約に基づく賃料が平成六年八月一日以降月額六万三四五〇円であることを確認する。

四  第二反訴事件

原告早川と被告会社との間における第二建物の賃貸借契約に基づく賃料が平成六年八月一日以降月額七万六〇〇〇円であることを確認する。

五  第三本訴事件

原告應武と被告会社との間における別紙物件目録三記載の建物(以下「第三建物」という。)の賃貸借契約に基づく賃料が平成六年一〇月一日以降月額六万七〇五〇円であることを確認する。

六  第三反訴事件

原告應武と被告会社との間における第三建物の賃貸借契約に基づく賃料が平成六年一〇月一日以降月額七万九〇〇〇円であることを確認する。

七  第四本訴事件

原告清水と被告会社との間における別紙物件目録四記載の建物(以下「第四建物」という。)の賃貸借契約に基づく賃料が平成七年三月一日以降月額七万六五〇〇円であることを確認する。

八  第四反訴事件

原告清水と被告会社との間における第四建物の賃貸借契約に基づく賃料が平成七年三月一日以降月額八万七〇〇〇円であることを確認する。

第二  事案の概要

一  争いのない事実及び弁論の全趣旨により容易に認定できる事実

1  (被告会社の賃貸状況等)

被告会社は別紙物件目録一ないし四の「一棟の建物の表示」欄記載の鉄骨鉄筋コンクリート及び鉄筋コンクリート造陸屋根九階建建物(以下「本件全体建物」という。)を所有して、そのうち一、二階を店舗・事務所とし、三階から九階を共同住宅として賃貸している。そして、第一建物ないし第四建物は、本件全体建物のうちの八〇六号室、三〇三号室、九〇一号室、八〇一号室に順次該当し、原告らが賃借している。

2  (第一建物についての賃料増減請求)

第一建物については、原告仁科が昭和六一年五月二二日以降賃借して、二年毎に契約更新されているところ、平成四年六月一日付契約更新時に合意された従前賃料は、月額八万一〇〇〇円である。被告会社は、平成六年三月二六日、同年六月一日以降の賃料を月額八万七五〇〇円とする賃料増額の意思表示をしたところ、逆に、原告仁科は、同年四月、右賃料を月額七万三〇〇〇円とする賃料減額の意思表示をした。

3  (第二建物についての賃料増減請求)

第二建物については、原告早川が昭和五七年七月二一日以降賃借して、二年毎に契約更新されているところ、平成四年八月一日付契約更新時に合意された従前賃料は、月額七万〇五〇〇円である。被告会社は、平成六年三月二六日、同年八月一日以降の賃料を月額七万六〇〇〇円とする賃料増額の意思表示をしたところ、逆に、原告早川は、同年六月、右賃料を月額六万三四五〇円とする賃料減額の意思表示をした。

4  (第三建物についての賃料増減請求)

第三建物については、原告應武が昭和五九年九月一〇日以降賃借して、二年毎に契約更新されているところ、平成四年一〇月一日付契約更新時に合意された従前賃料は、月額七万四五〇〇円である。被告会社は、平成六年五月二三日、同年一〇月一日以降の賃料を月額七万九〇〇〇円とする賃料増額の意思表示をしたところ、逆に、原告應武は、同年七月、右賃料を月額六万七〇五〇円とする賃料減額の意思表示をした。

5  (第四建物についての賃料増減請求)

第四建物については、原告清水が平成三年二月以降賃借しており、平成五年三月一日付契約更新時に合意された従前賃料は、月額八万五〇〇〇円である。被告会社は、平成六年一二月二四日、平成七年三月一日以降の賃料を月額八万七〇〇〇円とする賃料増額の意思表示をしたところ、逆に、原告清水は、平成七年二月、右賃料を月額七万六五〇〇円とする賃料減額の意思表示をした。

二  原告らの主張の要旨

平成四年から平成六年にかけての土地価格の下落は公知の顕著な事実である。

本件全体建物の敷地の路線価は、右年度の間に一平方メートル当たり81万円から52.5万円に64.8パーセント下落し、近隣土地の公示価格も69.5パーセント下落している。更に、近畿圏の賃貸マンションの家賃も下落しており、特に京都では一〇から一五パーセント下落している。これらの事情を考慮すれば、原告らと被告会社との間の本件各建物についての適正賃料は、原告らがそれぞれ減額の意思表示をした各金額を上回らないことは明らかである。

三  被告会社の主張の要旨

本件各建物についての原告らと被告会社間の賃料改定の経緯は、いわゆるバブル経済変動期の土地価額急騰を反映したものではなく、むしろ、京都市における家賃指数の変動状況に符合し、物価指数、家賃指数を中心として改定されてきたものである。そして、京都市における家賃指数は、平成四年から平成六年にかけても上昇しているのであるから、原告らと被告会社との間の本件各建物についての適正賃料は、被告会社が原告らに対して増額の意思表示をした各金額をいずれも下回るべきものではない。

四  本件の主な争点

原告らと被告会社間における本件各建物についての適正継続賃料額

第三  当裁判所の判断

一  一般に、従前の賃料決定時から相当期間が経過し、その間に、租税その他の負担の増減、土地・建物の価格の上昇もしくは低下その他の経済事情の変動、近隣の賃料の変動等の事情変更があったために、従前賃料が不相当となった場合には、当事者は、その増減を請求することができる。

二  そこで、本件各建物について、それぞれの賃料増額・減額の意思表示がなされた時点における適正継続賃料額を試算したうえ、これに比較して従前賃料が不相当であるか否かを検討することとする。

証拠(甲五ないし一九、二一ないし二九、検甲一ないし一三、乙三ないし一五、二〇(各枝番含む。)、証人池田安太郎、鑑定(二件))及び弁論の全趣旨によれば、次のとおり認定できる。

1  (第一ないし第四建物の増額・減額請求時における経済価値について)

本件全体建物及びその敷地の平成六年六月一日時点の基礎価格は、その敷地の再調達価格(更地価格)一八億四〇九〇万六〇〇〇円と本件全体建物の再調達原価を「耐用年数に基づく方法」及び「観察減価法」で減価修正した七億六五〇四万七〇〇〇円の合計二六億〇五九五万三〇〇〇円である。そして、これを階層別の効用比に応じて各階に配分すると、三階について一億六六五二万円、八階について一億六七三〇万二〇〇〇円、九階について一億六八八六万六〇〇〇円となる。そこで、これに各階の有効面積に占める各建物の面積の割合を乗じると、対象建物の基礎価格は、第一建物について一九二五万六〇〇〇円、第二建物について一六二五万七〇〇〇円、第三建物について一七六九万二〇〇〇円、第四建物について一七五二万八〇〇〇円となる。

ところで、右価格について、原告らは、原告らが収集した新聞広告等からみて高額に失する旨主張し、他方、被告会社は、マンション一室毎の取引事例からみて低額に失する旨主張する。しかしながら、各主張のための根拠資料の程度、本件全体建物の立地条件、各建物の管理状況等を考慮すると、本件全体建物が交通機関にもほど近い商業地域内にあって、生活利便の良好な環境にあること、同建物の内外装において昭和五五年八月の建築以後の経年変化等による劣化部分を有すること、右部分は全体としての経済価値に大幅な影響をもたらす要因には至っていないことなどの事情が認められる(枝番号を含めて甲二一ないし二四、検甲一ないし一三)ので、前記認定の基礎価格を覆すには足りない。

2  (期待利回り率について)

期待利回り率を土地について年3.5パーセント、建物について年5.5パーセントとして前記の土地建物の価格割合で修正すると、本件各物件についての期待利回り率は、年4.09パーセントと判断するのが相当である。そして、前記基礎価格に、右期待利回り率を乗じると年間純賃料は、第一建物について七八万八〇〇〇円、第二建物について六六万五〇〇〇円、第三建物について七二万四〇〇〇円、第四建物について七一万七〇〇〇円となる。

3  (本件各建物の必要諸経費について)

公租公課と損害保険料については、土地・建物の固定資産税・都市計画税を階層別の効用比と各建物の面積から算出し、減価償却費、維持修繕費については、本件全体建物の価格を元に効用比、各建物の面積から算出し、管理費、貸し倒れ準備費及び空室等損失当額については、前記純賃料及び各必要諸経費を元に算出することとする。そうすると、年間必要諸経費は、第一建物について六〇万二〇〇〇円、第二建物について五二万九〇〇〇円、第三建物について五五万五〇〇〇円、第四建物について五四万八〇〇〇円となる。

4  (正常実質賃料について)

以上の検討結果に基づく純賃料と必要諸経費を加算した正常実質賃料は、月額で、第一建物について一一万六〇〇〇円、第二建物について一〇万円、第三建物について一〇万七〇〇〇円、第四建物について一〇万五〇〇〇円となる。

5  (適正継続賃料についての検討)

適正な継続賃料を求めるために、差額配分法、利回り法、スライド法による試算賃料額を総合検討することとする。

(一) 差額配分法

まず、差額配分法により検討するに、前記正常実質賃料と実質支払賃料の差額を折半法で配分すると、差額配分法による試算賃料(月額)は、第一建物について九万九〇〇〇円、第二建物について八万五〇〇〇円、第三建物について九万一〇〇〇円、第四建物について九万五〇〇〇円となる。

(二) 利回り法

次に、利回り法により検討するに、平成四年と平成六年の市街地価格指数、標準建築費指数により、従前賃料改定時の本件全体建物の敷地価格・建物価格を算定し、建物価格について耐用年数により減額修正したうえ、前記と同様の手法で対象室の価格及び必要経費を求めると、従前賃料改定時の対象室の価格は、第一建物について二八四〇万二〇〇〇円、第二建物について二三九一万七〇〇〇円、第三建物について二六一二万九〇〇〇円、第四建物について二五八六万円となり、必要諸経費は、第一建物について六二万三〇〇〇円、第二建物について五五万三〇〇〇円、第三建物について五七万三〇〇〇円、第四建物について五七万七〇〇〇円となるから、従前賃料から必要諸経費を控除した改定時点の純賃料を算出し(年間第一建物について三四万九〇〇〇円、第二建物について二九万三〇〇〇円、第三建物について三二万一〇〇〇円、第四建物について四四万三〇〇〇円)、これを当時の基礎価格と対比して利回りを算出し、同じ利回りで意思表示時点での基礎価格、必要諸経費を元にして計算すると、利回り法による試算賃料(月額)は、第一建物について六万七〇〇〇円、第二建物について五万八〇〇〇円、第三建物について六万二〇〇〇円、第四建物について六万八〇〇〇円となる。

なお、被告は、右認定に沿う池田鑑定の積算過程で、平成六年の必要諸経費が平成四年のそれよりも減少することは不合理である旨主張する。しかしながら、一般に、必要諸経費を実額で算定することは困難であるから、これを定型的に算出する以上、対象不動産の価格や純賃料額を基礎に算定することも広く認められた算定手法である。したがって、平成四年から平成六年にかけての対象不動産の評価額が減少したと考えられることを主因として、本件各建物についての必要諸経費の金額が減少しているとしても、特段に不合理な点はない。

(三) スライド法

更に、スライド法により検討するに、従前賃料決定時と更新時の経済情勢の変動率について、家賃指数を含む消費者物価指数及び地価指数の各変動率を九対一の割合で考慮して総合的にマイナス0.3パーセントと評価し、前記従前賃料における純賃料を基準として、更新時の純賃料を算定したうえ、必要諸経費を加算すると、スライド法による試算賃料(月額)は、第一建物について七万七〇〇〇円、第二建物について六万六〇〇〇円、第三建物について七万一〇〇〇円、第四建物について八万一〇〇〇円となる。

なお、鑑定の結果のうち、スライド指数として建築費指数、賃金指数を考慮する部分については、右各指数の性質上、相当とは思われないので採用しない。また、被告は、各指数は純賃料ではなく、賃料全体に乗じるべきである旨主張するが、必要諸経費を加えた賃料全体に各指数を乗じる手法が、純賃料に各指数を乗じたうえで現在の必要諸経費を加算する方式に比べて特に優れているとも認められないから、右主張は失当である。

(四) 総合検討

そして、差額配分法、利回り法は、土地価格の急騰・急落の影響を受けやすい指数であるが、土地価格の急騰・急落は当該賃貸物件の使用価値の変動を必ずしも反映しない面があること等も考えると、本件においては、スライド法、差額配分法、利回り法を、それぞれ五対三対二の割合で考慮するのが相当である。そうすると、本件の適正継続賃料は、第一建物について八万一五〇〇円、第二建物について七万円、第三建物について七万五〇〇〇円、第四建物について八万二五〇〇円である。

なお、被告は、本件においては、従前の賃料が、地価の急騰を反映したものではないので、利回り法の採用は不当であり、差額配分法及びスライド法のみによるべきである旨主張する。しかし、従前の賃料増額の程度が地価の上昇とは大きく乖離しているとしても、地価上昇の事情が全く考慮されることなく増額されてきたとは到底考えられないし、その他に利回り法の適用を特に不当と考えるべき事情は認められない。

三  (従前賃料額との比較による増減請求の可否について)

本件各建物の継続賃料における適正金額は前記のとおりであるが、当事者間の合意により定める場合とは異なり、賃料増減の裁判上の請求は、前記第三の一に判示の事情により、従前賃料が適正賃料との間での金額における比較において、従前賃料を据え置くことを不相当と認められる程度の乖離があることを必要とするものである。そこで更に検討すると、第一建物については、従前賃料額が八万一〇〇〇円、適正賃料が八万一五〇〇円であって、金額で五〇〇円、率で0.6パーセントの差異に止まること、第二建物については、従前賃料が七万〇五〇〇円、適正賃料が七万円であって、金額で五〇〇円、率で0.7パーセントの差異にとどまること、第三建物については、従前賃料が七万四五〇〇円、適正賃料が七万五〇〇〇円であって、金額で五〇〇円、率で0.7パーセントの差異に止まることがいずれも明らかであるところ、右程度の乖離をもってしては、従前賃料が不相当となったとまでは認められないというべきである。これに対して、第四建物については、従前賃料が八万五〇〇〇円、適正賃料が八万二五〇〇円であって、金額で二五〇〇円、率で2.9パーセントの差異があるので、もはや従前賃料を据え置くべき相当性を失い、減額されるべき程度に至っているものというべきである。

四  以上によれば、原告清水の本訴請求は、賃料を月額八万二五〇〇円まで減額する範囲で理由があると認められるけれども、原告らのその余の本訴請求並に被告会社の反訴請求は、いずれも理由がないというべきであるから、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官伊東正彦 裁判官齋木稔久 裁判官小川雅敏は、転補のため署名押印できない。裁判長裁判官伊東正彦)

別紙物件目録一

(一棟の建物の表示)

所在 京都市中京区西ノ京東中合町五六番地、同五七番地、同五八番地、同五九番地、同六〇番地、同七一番地、同七二番地

構造 鉄骨鉄筋コンクリート及び鉄筋コンクリート造陸屋根九階建

一階 1840.37平方メートル

二階 1783.94平方メートル

三階 856.67平方メートル

四階 579.72平方メートル

五階 579.72平方メートル

六階 579.72平方メートル

七階 579.72平方メートル

八階 579.72平方メートル

九階 579.72平方メートル

(専用部分の表示)

家屋番号 東中合町五六番の一

種類 共同住宅

構造 鉄骨鉄筋コンクリート及び鉄筋コンクリート造七階建

三階 638.40平方メートル

四階 573.30平方メートル

五階 573.30平方メートル

六階 573.30平方メートル

七階 573.30平方メートル

八階 573.30平方メートル

九階 573.30平方メートル

右建物のうち、八階八〇六号室 53.38平方メートル

物件目録二

一棟の建物の表示及び専用部分の表示のうち建物の表示部分は、物件目録一と同じ右建物のうち、三階三〇三号室 46.00平方メートル

物件目録三

一棟の建物の表示及び専用部分の表示のうち建物の表示部分は、物件目録一と同じ右建物のうち、九階九〇一号室 48.59平方メートル

物件目録四

一棟の建物の表示及び専用部分の表示のうち建物の表示部分は、物件目録一と同じ右建物のうち、八階八〇一号室 48.59平方メートル

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